つぶやき

情報の整理について

ブログにていかに情報をアウトプットするか考えだけど、完璧である必要はないとう結論になりました。それよりも、いかに分析し、実践に活用するかが重要です。単に知識を板書していても、何の意味もないのでやる意味がないのです。

 
今まで悩んだのは、アウトプットの意味と方法です。ブログなんて、自己承認欲求でしかないのではないかという、後ろめたさと虚しさ。そんなことをする意味がとこにあるのかという疑念が、ブログをすることを億劫にしてきました。 その不安は日増しに増すし、ブログ自体が時代遅れとか、カッコ悪いんじゃないかということ。
 
しかし、考えを脳みその中に置いていても前進しないままで苦しいのです。
吐き出して、整理して分析しようとしない限り借り物の知識でしかないですね。借り物の知識は、いざという時には、役に立たないのです。常に刺激を与えないと駄目だし、どういう方向性にするかを考えていないといけない。

書きたいから書く

難しい話ほど、伝えるのは困難だし時間がかかる。それに通じるかは話する相手にもよりますし、自分のプレゼンも未熟ということ。そういうことが重なり、自分の考えを表現するのが億劫で、考えるのをやめてしまうということがあります。
 
でもブログなら、そういうことが解消される可能性もあるかもしれない。Twitterの良いのはそれで、誰かしら答えてくれる人がいたり、共感できる人が見つかることもありました。今いちばん嫌なのは、思考を停止することです。
この年齢になって感じるのが、思考を停止するのは簡単だし、言い訳はいくらでも出てくる。むしろある程度大人になって、安定していたら、あれこれ考える必要はなくてリスクのほうが大きい。
 
もしそんな風に考えてる人に、何かを考えるなんて面倒臭いこと言っても通じないですね。思考を停止しても問題ない人には、雑音ぐらいにしかならないと思います。
だから、政治の話は通じないのかなと思います。大雪が降ったくらいでわーわー言うのに、近くの投票所にも行けないとか言いだしたら何も言えないです。思考を停止している人には、ポピュリズム的な政治ショーを見るのがやっとのかなと。
 
だから、ブログに書いたほうが良いし自分で行動したほうが生産的だというブロガーの指摘は間違っていないと思います。才能があるのなら、もっと違うステージもあるかもしれないけど、そこまでの状態ではないからブログかなと思います。
 
書きたいから書くし、作りたいから作るということ。アウトプットして、評価を受ければ良いのです。ある意味シンプルだけど、それはそれで意味があると感じています。

注意すべきなのは

ブログにおいて注意することが、いろいろあることは今までの経験から学習したことがあるし、書籍でもいろいろ見ている。ブログもやり方を間違えると、時間の無駄使いにしかならない。
いちばん駄目なのは、なんとなく始めること。誰でも始められるし、なんとなくでもセンスがあれば出来る。しかし、すぐに飽きるか、リアクションに悩み終わってしまう。または、プライベートととの調整がつかないまま終わるとか。
ブログ自体は素晴らしい仕組みでも、作る側、見る側の姿勢で変わってしまう。より良いものを作るには、それなりの姿勢が必要みたいですね。
 
まだ本格始動出来るまで準備出来てないけど、継続して考えていこうと思います。

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