現在の若者は大きな閉鎖感というか、暗い未来を背負う宿命みたいなものに包まれている。
それはいったい何かということである、次の局面がどうして見いだせないのか。
 
これは面倒くさい、とても難しい話である。
でも、明日の世界は必ずやってくるのだから、希望を持ちたい。
それは純粋な願いでもあるし、生きる活力にもなる。
だからそういうことを考えないというけないのだと思った。

第二次世界大戦後の世界からの脱却

現在の世界は、どう考えても第二次世界大戦からの流れを枠にしている。
戦中世代はさすがに、現役から退いてはいるが戦後の世の中を構築した。
そしてその戦後の世界を生きてきた人間が、現在の世界を動かしている。
しかしそれは人類の歴史から考えれば、たった70年ばかりのことである。
この世界がもう未来永劫続くというのは、現役世代の固定観念でしかないのである。
 
デザインで言えば、戦前から産業革命よる技術革新、市民権利の拡張により変化はあった。
それは持たない人間が、持つ側に移行するという歴史である。
日本も西欧化という変化を受け入れることで、持つ側えと変わっていったのである。
それが中国や東欧、ロシアに波及し、アジア、アフリカへとフロンティアを求めて移動している。

詳しく検証するまでもなく、力のある人間が未開地を開発して利益を獲得するという手法は、大航海時代から同じである。地方の未開地を大規模開発して利益を得るのは、いつまでたっても都心の大企業である。今日本にある米国の大企業も同じ手法だし、アジアに進出する日本企業も同じパターンでしかない。市場の飽和と、消耗により、新しい未開地を探したほうが利益が大きいということではないか。

考えるのも話すのも難しい話

この話がとても複雑な理由は、政治、経済、文化、人種、宗教、地域風土、紛争などの多種多様な要因を含んで今も変化を続けているらだ。物事の本質を指摘することは非常に難しく、何が正しいかを見極めることは困難だから。

この件は次の記事でも書きます。

 
良いところもあって、悪いこともある。それを公平に扱うことは難しいのである。
湾岸戦争も憎いビンラディン打倒という、シンプルな視点で語るか、中東と世界の情勢を見るか、イスラム世界の情勢を見るかで全然違うのである。終ってみれば、アメリカのねつ造で強行にフセインを打倒したにすぎず、宗教対立はまったく解決していない。そんなイラクで非常事態になりながらも、南米ではワールドカップに世界が熱狂しているのだから。
 
話が少し大きくなりすぎたので、日本に話を戻そう。
戦後世代とは、すなわち昭和を知っている人間であり、バブルの光と影を知っているような人間を言うのだと思う。そうなると今の10代が、それを全く知らない世代とも言えるが、世界はまだ戦後体制を引きずったままなので大きな差はない。次世代のニュータイプと言えるような、大きな変化はなく、むしろ戦後世界のあつれきをモロに受けてしまっている気がする。

今の世代が悪いということではなく、個人的な感覚としてです

それでも可能性を信じるならば

それでも未来という可能性を信じて、次の世界を構築するならばどうだろうか。
おそらくその架け橋になる世代は、今の30代、20代の人間になると思う。
20年後30年後の世界では、その世代が社会の中核になるからだ。
しかし、戦後体制にどっぷりつかって生きてきた世代でもあり、次の世界に向けてのイノベーションを達成出来るのであろうか。それはかなり難しいというか、もっと上の世代を超える何かを生み出さないと無理だと思う。そしてその壁が分厚いのである。単純に高齢者は社会の多数派であり、若者は少数であるしね。

これも個人的主観だけど、現在の体制で要領よく生きているほうが良いという人は多い気がする

 
結局のところ、その「枠」と戦わないと何も始まらない。
戦後70年の枠を壊して、新しい枠組みを構築しない限りは衰退するしかない。
なぜなら戦後の体制は「消耗型」「少数利益享受型」「大量生産型」だからだ。

この件は詳しく検証するべき案件ですね。

 
もし、戦後体制でいつまでも世界は発展し、誰しもが平等に幸福を得られると考えているなら間違いだと思う。間違いというか、無理があるというか、現実にその可能性を示されていない。
とは言っても、この世界は現在の延長線上で、自分1人の力で出来ることなど知れているけどね。少なくとも、現状のままでは、未来に希望を託せるような感じではないし、確実に戦後の影響が抜けていないと思う。

イノベーションをするには

大きなことは言えないけど、ようするに枠組みを改変するようなことだと思う。
例えば、車は交通と都市の枠組みを変えたし、iPhoneは携帯産業の枠組みを破壊した。
アメリカは欧州の世界支配を変えたし、第二次世界大戦は戦勝国による世界秩序の掌握を進めた。
冷戦は世界を2つに分けてしまったし、市場経済は世界中の消費を軒並み底上げしてしまった。
AKBは芸能界の様相を塗り替えたし、吉本は芸人業界を支配した。
インターネットは民意を透かしてしまったし、Googleは情報の流れを変えた。
Facebookは人間関係の距離に違う視点を与えたし、LINEは子供の世界を変えたし。
身近なことでも、大きなことでもイノベーション的な変化って、枠組みと場所を変えてしまうのですよ。
 
枠組みを変えるのか、枠組みに従うのかその2択なんだなと思った。
でも個人的には、常に枠組みは変化すべきだと思っているので前者かな。
枠組みは消費され、消耗されるので同じままでは機能しない。
枠組みは常に変化を伴い、そのときに最適な形へとカスタマイズされていくべきなんだ。
それが新しいとか、古いとかじゃなくて変化に耐えられる強度を持つべきという考えね。

とりあえずここまで

ふぅ。
ちょっと話が長いので、ここらへんで一度終りますね。
でもこの話は、続きます。
整理してると書く機会を失って、お蔵入りする悪い癖があるので。
書けるときにだーっと書いてしまいますね。
続き→http://yurugoto.net/?p=1466

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