昨日の終戦記念日に思ったことを書こうと思います。
最近になって、いろいろ情勢も変わってきて思うところもあったので。
歴史を客観的に見れていない
戦争が悲惨で、残酷というのは当然のことだと思います。
また戦地では人間性が崩壊することもあるでしょうし、過去の価値観もありますし、個人的な人間の資質の問題も大きく関わってきます。なのに、その悲惨な部分だけを切り取って報道しているのは認識としての偏りを感じます。第二次世界大戦のみを切り取っても、その時代を知らないとなんともおかしな話になりますし、日本側だけを切り取っても仕方がありません。なぜそのようなことを、単純な善悪論で語るのかと思ってしまいます。
植民地支配時代
第二次世界大戦以前の世界は、大部分が欧州、アメリカによる植民地時代です。それは武力を背景とした支配の結果であり、現在の視点で言えばすべて侵略行為みたいなものだと思うのです。それが国際法上では認められるとしても、正当性はありませんよね。
日本が、韓国、台湾、満州を超えて中国、アジア諸国に侵略したのは事実です。しかし、第二次世界大戦までは、武力による領土拡大は繰り返し起きていました。イギリスも香港を支配していましたし、インドもそうですし、アフリカ諸国もそうです。
仮に、枢軸国が何もしなかったら、そのまま植民地だったのです。実際に、戦後に各国で内戦が起き、独立運動につながったのですから。
善悪ではなくて、そういう時代で結果としてどうなったのかということです。第二次世界大戦に限定して、戦争を否定し、謝罪を続ける意味が理解出来ません。日本が悪いという視点だけで、歴史観を固めるのは非常におかしいです。
当時の世界で何が起きたか、歴史の事実を知ることが大事です。
その上で、平和を考えるべきだと思います。
視野の狭い思考
第二次世界大戦のキッカケになる、ヒトラーのオーストリア侵攻のとき。
世界は傍観していました、その結果ドイツの領土は拡大し、ポーランド侵攻につながります。
イラク侵攻のときは、アメリカのでっち上げによって国連を無視して開始しました。
チベット、ウイグルの虐殺も放置されています。
何が言いたいか、それは人間が話し合いで平和を維持出来るというと、そうでないときもあります。イスラエルとパレスチナは何ですか?話し合いで悲しみは消えましたか?積極的平和主義などという理想主義を言う人もいます。それ自体は否定しないのですが、あらゆる手段を準備し、カードとして持つしかないと思います。
平和主義者の中には、感情やイデオロギーに凝り固まっている人間がいます。そういう人は大変に危険で、現実から乖離しています。
逆に、核配備、抑止力とか、中韓への差別意識を煽っている人達も間違っていると思います。確かに、万が一のことや、国際社会の中での役割もありますが、ナショナリズムが民族主義や覇権主義だったり差別へとつながるのも歴史を見れば明白なのです。
しかし、昨日のテレビを見る限りは、そのどちらかしかない対立構造が煽られています。おそらく、今後この雰囲気はさらに深刻になることが想像されます。
深刻になると思う理由
お互いに理解出来ない、違う考えを冷静に話せない。
相手を罵倒し、自分を正当化し、客観性がないことが多い。
その対立軸の両側にいる人は、対抗勢力に過敏に反応します。
よって思想は極端になり、より対立を深めていきます。
そして、それに無関心な人もいずれはどちらかに引き込まれるのです。
だから戦争はなくならないし、小競り合いになります。
もしそれを打開するなら、カリスマ的な弁論が出来る人が登場しないと無理です。本屋に行ってみてください、今や中韓を非難する本が公然と売られています。そしてそれを歴史を知らない、冷静になれない人が見たら?確実に差別に走り、蔑むことでしょう。そして、もし戦争になったら?悲劇的な事件が起きても、何も不思議ではありません。
というのが、感想です。
結局は、冷静に思考出来ない人がいる限りは平和なんて維持出来ないと思います。両陣営、無関心な人もいざ紛争になれば、一瞬で愛国心と恐怖の奴隷になることでしょう。おそらく、徐々に状況と、雰囲気は変わっていきます。今はそれが現実として感じることの出来る時代ですね。
それが、終戦記念日に感じたことです。