最近わかったことをいくつか。
認知の歪み
わかったことは、自分がいろいろと認知が歪んでいるということ。認知が歪むというのは、現実の出来事や自分の考え方が偏って解釈され、ネガティブな思考や感情が生まれることを指します。過度な一般化や白黒思考などが典型で、ストレスや不安の原因となります。
それが根深く昔からあったので、いろいろとうまく出来なかったということが大きい。もしくは状況認識や、理解に間違いがあったということ。
思考が歪んでいるので、通常の思考ではない状態でコンプレッスや、自己否定をしていたんだろうということがある。あとは状況を理解しておらずに、悪化させていた可能性も否めない。
自覚できていない部分もあり、またコントロール出来ていない部分もあっただろうと推測。
無意味
いくら自分がメンタルを病んでも無意味でしかなく、なんの得にもならない。そして過去を振り返ったりしていたけど、それも無意味だなと思う。自分にとってはそれなりに意味があるけど、他人にとっては無意味だろうと思う。
正直病んだら仕事を辞めて、最低限の生活をしつつ治療するのが最良だろうと思う。結果的に無理しても悪化したり、仕事に迷惑をかけるだけになる。よほど大きな会社で余裕でもない限りは辞めるほうが良いのではないのかなという気がしてきた。もしくは籍だけ置いて、辞めた状態にするとか。どっちにしろ、無理やりやってもネガティブな結果になりやすい構図が生まれやすい。
苦しんでも、何しても、客観的には意味がないなと思った。
メタ認知の欠如
結局は冷静に自分が見えてないなら、危険信号である。だけど、それがわかったら苦労しないということになっているということに気づく。苦労する理由は、状況認識が出来ていないからだなと思う。
このブログと同じだね。誰が読むんだよっていうこの内容で、書き続けていることも空気読めてないしね。そんな感じで、いろいろ理解できてない。今いる環境で、やらないといけないことはそんなことじゃないでしょっていう。
自分なりに消費してきた人生は、まるで意味のない時間だったんだなと(一般的な価値観で判断すればっていう意味で)。というか、社会ってそんな感じなんだなぁっていう。つまり、最終的にそんなもんでしかないっていう話か。
メタ認知的に言えば、一般人なんて自分の所属するコミュニティであくせくしてるだけなんだろうなと思う。その小さいコミュニティで評価されたら、それでいいみたいな。で、評価されるのは仕事ができて、結婚してればそれでいい。それ以上でもそれ以下でもない。
やっぱり、学校の教室の延長だなという感じ。
教室の隅で寝てるのが、今はいちばん楽そうな気がする。