年も変わって2025年。

去年からの不調がクリアできないまま、年も変わってしまった。最悪の状況ではないけど、良いとも言えないのは元気だけど、やることが確実にこなせないまま生きてるからだと思う。

頭の中で考えるけど、それに対しての行動は未だにちゃんと出来ない、集中できないまま過ごし、それによる弊害で追い込まれる日々になっている。

とはいえ、現実はそうは簡単でもなく、あくせく動いている。本当はサポートが必要か、今の仕事を放棄するのが正解だろうなという気がしている。サポートを求めたいところだけど、それは望むべくもなく、泡と消える。いやサポートされているのだろうけど、それを消化しきれずに駄目にしているのかもしれない。

結局のところ、適応障害なるものは明確な治療としてはカウンセリングや認知療法で、現実の捉え方を変えるか、健康的な生活をして自然治癒に任せるほかないのである。だから治る人は治るし、自分みたいにいまいち中途半端に消化できない人も出てくる。

治療が難しいというより、もっと複合的なプログラム化で改善しないと無理だろうなというのが結論で、それこそ社会復帰プログラムでも作って受けないと無理だろうという気がしないでもない。

なぜこのように複雑なのに充実したプログラムを、治療として受けることが出来ないんだろうなと思うけど、とどのつまりビジネス化されてないだけか、病んでいる人の苦しみが解明されていないと諦めがついてきた感じもある。こういうモヤモヤしてる人とつながって、話をしてみたいなぁという気もしないではない。

治るには妥協して諦めるしかない感じも出てくるし、よくわからないし、忙しい、ストレスもありブログを書いていなかったけど、お金はかかってるので書こうかなという気はしてきた。

実際のところ、そこまで悲観的でもないけど、前向きにもなりきれないところで漂っている感じです。

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