そもそも今回の状態に来るまでわ3段階はあったと思う。

1段階目は忙しくなったり、まわりが結婚したり、子供が出来たりしたとき。2段階目は、さらに忙しくなり、過労で社会と断絶したとき、3段階目は今までの蓄積がドカンと来たとき。

結果的には

1段階目でだいぶ変わる人間関係と、2段階目で来るダメージがしんどい。ここが分かれ目とも言えるし、病む人、病まない人に分かれていくのかもしれない。

ガツンと落ちたときに辞めるべきなのだが、そこまでいくとそうもいかなくなり病んでいくと思われる。

そもそも病んでいる状態が共有出来ないので、それなりの大きな会社で体制が整っているようなところでもない限りは、自己防衛しないといけなくなる。

この事が、病むような人に知られていないから、多くの人が苦しむ羽目になる。だいたい他の人の意見を見てると、そんな気がする。

病まない人には理解出来ない

そもそも脳の障害など、なってみないと感覚もわからないし、状況だってわからない。意思が強いか、そこまでの段階に行ってなければ回復する。自分だって最初のうつのときは、それで何とかなったし、2回目も何とかこなした。

だが、この3段階目でギブアップしたという感じである。

そうなったら自分でもわからない不安や、モヤモヤしたものに苦しめられることになるのだ。人によっては体に症状が出る人もいる。

世の中にはいろいろ情報あるとはいえ、それを理解し取り組む元気すらないし、明確な方法もわからないまま彷徨う人達もいる。

この点に関しては、いつか問題にしたいと思うほどに。

回復を迫られる

しかし、人間は立ち止まってばかりいられない。回復を迫られる訳だが、3段階目にもなると、それすら理解に苦しみ始めるのだ。まじでこれは実感で2段階目までは何とか気合いでこなしたけど、3段階目は無理だった。

そこでの回復を迫られるのは、本当にしんどい。理由は予測出来ないからだ。治るかどうかもわからないという感覚になると、ホントにしんどいが気合いではなんともならない。

このジレンマも、うつの人の話を見ているとあるあるのようで、そこらへんが本当に難しいのだ。常にこの繰り返しになるのが3段階目。おそらく4段階目は自宅から出れなくて、5段階目は動くことすら無理になるというのもわかる気がする。あくまで想像の域だが。

パニック障害の人とかも、若干違うだろうが段階的に動けなくなるんだろうと思う。

気休めではなんとも

メンタル系の、気休めの言葉でなんとかなるなら苦労はない。正直言って仲の良い友達と普通の会話をしてるほうが、精神安定につながるのではないかと思うし、聞いてくれるだけでもカウンセラーと同等の効果あるんじゃないかと思ったりする。

メンタルの話が苦手なのは、まずそれが出来たら苦労しないことに聞こえるから。よくネットで出てくる短文のアドバイスとかは、短文で聞こえやすいように工夫がされており、一見良さげに見えるが、それ見て治るなら1段階目の疲れているくらいで済む人でしょう。

このへんが、かなり不満があると言えばある。

あと、ホントに警告したいのはガクッと堕ちるから注意って感じ。いろんな人の証言見ててもそんな感じがある。だから自分は大丈夫とか思ってても、どうにもならない。無理してやれば何とかなるは、何ともならなくなるという感じ。

また時間が経って読み返したいけど、段階があるっていうのと、ガクッて来る感じは重要だと思う。

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